読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

舞台「孤島の鬼 -咲にほふ花は炎のやうに-」感想②

f:id:hitsujitoyume:20170215085008j:plain

 

舞台「孤島の鬼 -咲にほふ花は炎のやうに-」感想②

感想その②。前回書いたことも書いていないこともいろいろ残しておきたいと思います。

 

開演前のアナウンスよりも前から静まり返る客席。話し声も物音も聞こえず、スタッフさんがドアを閉めると(静かだからこの音が響く)、会場の空気が変わるのが感じられました。
暗転して、

 不幸ということが、私にもよくよく分かってきました。ほんとうに不幸という字が使えるのは、わたしだけだと思います。

 この、佐藤さん演じる「私」のセリフひとつで一気に孤島の鬼の世界へ連れていかれる不思議な感覚。正直初日は怖すぎてびびりました…。お客さんに語りかけるように、目を見ながらセリフを言っていく。佐藤さん目が大きいから、ギロギロ睨まれている感じがして怖かった〜。

 

 

時折彼の指先が烈しい情熱を持ってわたしの指を締めつけたりするのだけれど」のシーン、楽日は佐藤さんの指が真っ白になってて、とても強く握りしめられていたように見えました。折れちゃう…その手を見もせずに解かせる箕浦…。酷いよ〜。

 

君にとってはむしろ始まりだったのだね
このセリフ、公演を重ねる毎にどんどん強調されていったと思うのですが(意図的にかな?と思った)「私」の諸戸に対する恨みみたいなものがビリビリ伝わってきた。怖かった…

 

つぎは、僕の恋の話を!
ってスライディングしながら前に出てくる箕浦の溌剌として健康的な雰囲気が、まだ何も知らない箕浦って感じでとても良かったです。あと佐藤さんと隼くんのスタイルが完全に一致でびっくりした。
初代がタイプライターでイタズラした『HIGUCHI』の紙の見せ方がオシャレ!この舞台、全体的にセンスが良くて、見ていて気持ちいい!です!名刺のところとか!

恋に落ちた箕浦の表情が素敵。もう初代以外見えてなくて、ずっとキラッキラの笑顔。それを「私」がずっと側で冷たい目で見ている…箕浦の「僕の愛する恋人」と、私の「もう間もなく殺されてしまう恋人」の声色のコントラストがはっきりしてて、しんどい。

 

秀ちゃんの手記のシーンでは、毎回泣いてしまいました。秀ちゃんの不幸と、吉ちゃんの不幸。秀ちゃんみたいに賢いわけではない吉ちゃんは、外の世界へ目を向けることもなく、かわいい秀ちゃんとずーっと一緒にいたいと願っている。でもその想いは秀ちゃんを苦しめるという…これは丈五郎と兄嫁、諸戸と箕浦の関係と同じ。

かみさま、どうか私を殺してください

と言って吉ちゃんの手で自分の首を絞める秀ちゃんを必死に止めようとしたり、深山木と話す秀ちゃんを押さえつけているときの表情がほんっとうに切なかった。秀ちゃんのセリフの言い方、淡々としているんだけど途中から叫ぶようになっていく感じから、徐々に感情が備わっていく、知識を身につけたことで境遇に我慢出来なくなっていく、限界を迎えようとしていること伝わってきました。そういえば2人が手を引っ張りあって喧嘩しているシーンも、初日から段々と声が大きくなっていったように思います。

 

曲馬団に北川刑事が調査に行くシーン、上手側で諸戸と箕浦は並んで座っているんだけど、諸戸も箕浦も下手側を向いているのかなと思いきや、箕浦を後ろからずっと、ずーっと眺めてる諸戸がいました。切なそうな顔をしてて、もう、、そんなに好きなのね!!って。笑 さらに島の地図を2人で見る場面、やっぱり地図じゃなくて箕浦のうなじ?横顔?を至近距離で見詰める諸戸。ここはどちらかというと嬉しそうな表情に見えた。腕も触れ合ってたもんねーヨカッタネ…。

 

洞窟の場面、箕浦が楽しくなってきて「みちおさーん」って叫ぶところ、何回も観ているうちにむしろここが泣き所になってしまいました。諸戸は今幸せだろうな、とか、ここで死ねたらどれだけ幸せだっただろう、とか考えてしまいました。溺れ死にそうになるシーンは、見ているだけで息苦しくなってしまうほどで、ここを手を握りしめながら見ていたせいでいま指が筋肉痛です。とても痛い。

 

‪死のう、死のうよ、って後ろから抱きしめられてる時、箕浦もがっしりと諸戸の手と腕を掴んでて、諸戸に甘える、無意識にそれをしている箕浦コノヤローでした。ここ、意外と体格差凄くてびっくりした。涼星くんの片手を両手で握りしめる隼くん。‬

 

‪「君は秀ちゃんがかたわ者じゃないと知ってうれしいのだろう。うれしいかい

君は嫉妬しているね

からの完全無音の空間。机の上に上がって思いを告げる諸戸の切なさ。からの箕浦の最低な振り方!もう、本当に箕浦嫌い…。この後諸戸は箕浦に襲いかかるんだけど、公演を重ねるごとにどんどん化け物みが増していった。あんなに大切にしてきたのに(それまでは肩に手を添える時でさえ恐る恐るだった)乱暴に足を掴んだり、引っ張ったり…。息遣いとかも獣みたいで、「私」との距離もどんどん近づいていって。これがきっかけで箕浦は白髪になったんだと説得力のある恐ろしさだった。‬田中涼星くん、テニミュでずーっと見ていたけどこんなにすごい俳優さんだと知らなかった。またストレートで見てみたいなあ。

 

最後に「箕浦」について。

熱い手だね」と手を握られるのと、洞窟で襲われてしまうのは、どちらも箕浦ではなく「私」。箕浦とは、"諸戸に汚されていない、諸戸がずっと大切に片想いしてきた箕浦"ということだったのかな。私隼くんファンですけど、どうして隼くんが箕浦なのか結構疑問だったのですが、こういう汚れのない清い感じが出せる俳優さんだからかな…?!(逆に佐藤さん演じる「私」は、「そうだね、なんだろうね」ってセリフだけ取ってもなんだかエロスでした(?))

ラストでは「私」に手を伸ばし続ける諸戸に微笑みかけて、手をおろさせてあの世に連れて行ってくれる箕浦。舞台の手前で狼狽えている「私」を冷たい目で見下ろしていた。

これは私がそう思いたい、という話ですが、この舞台の諸戸は最後まで「私」に執着していたけれど、「箕浦」との綺麗な思い出を抱えて一緒にあの世へ行ったのではないかと思います。前のブログにも書いたけど、この舞台では救いを持たせたんじゃないかって思いたいですね。でも諸戸と一緒に歩いていく箕浦は、諸戸の心の中の箕浦ってことかなと最初は思ったのですが、、。小説では「蓑浦」という漢字で、前作の舞台でも「蓑浦」だったということをお聞きして、今回「箕浦」と漢字を変えたのにはちゃんと理由があったんじゃないかと思いました。

 

小説を読む限りでは、「蓑浦」は諸戸を受け入れることも、片想いを許すことも絶対にしなかった。だから最後に微笑むなんて彼なら有り得ないと思ったんです。でも「箕浦」はそうじゃない。つまり「私」とは「蓑浦」のことで、「箕浦」はこのラストのためにつくられた存在。だから、あえて違う表記なのかなと思いました。

 

まだまだ書き足りないような気もしますが(丈五郎のこと書いてない…)、このへんで。初日前に持っていたチケットは4枚だったけど、気が付いたら半券が10枚になりました。ここまで衝動的に公演に通ったのは久しぶりです。

 

こんなに面白い、心に残る作品に隼くんが出演してくれて、毎回素晴らしい公演を観させていただいて、色々な事を考えられて。本当に幸せだった。こういう舞台がまた観たいなぁ。